自分はそのままで、もう、大丈夫。

なんだか心が穏やかにならない日々を過ごしていた2023年の春の記事を書き直してアップ。

なぜ、

なんだか心が平穏になっていないんだろう

と思った瞬間に、頭に気づきが、降ってきた。

2011年(13年前)に、双極性障害になったときに、心から願ったのは、

「健康さえあれば、それだけでいい、それさえあれば、なんでも、あとはどうとでも作り出すことができるのに」

と、願っていた。

健康に、それだけいい

願っていた。

そして、その願いは叶っていた。

なのに、それに感謝せずに、

欲深い自分が、「もっとビジネスで成功したい」とか、

「お金がなくなる恐怖がなくなるようにするには」とか、

「成功するためにどうすればいいのか」とか、

色々と、エゴの欲求に振り回されていた。

えっ、健康になったから、いいじゃない、それさえあれば、自分、大丈夫。

何を、色々と求めているんだ、もう、すでにあるじゃないか、それで十分だよね。

と気づいた瞬間、

体の力が抜けていくのを感じた。

本当に、リラックスした瞬間を感じた。

豚と白菜のミルフィーユ鍋を作りながら、

本当に自分の中にある氷山がバーーーーっと崩れるような、

そして、もう、それでイイじゃないか、あとは、どうなっても、自分の中から作り出すことができる。

言葉じゃない感じが、自分の中にあったけど、

今日の感じた感覚は、言葉に無理やりしておきたい、そんな感じなので、ここに書いておく。

つくづく感じるのは、11年前の2013年、社会復帰するために、活動し始めたのだけど、

当時は、睡眠導入剤の断薬できたが、西洋薬は、服用していた。

薬の副作用で、文字を書こうとすると、手が震えて、文字を書きずらかったし、(よくよく考えたら、そんな中でも、認知療法の3コラム法を書くセルフワークを500枚以上書いていた)

そもそも、集中力が持たなかったし、思考力も落ちていて、悔しかった。

今より、何を行うにも3倍の時間が掛かっていた。

そんな病気が治れば、

マイナスがゼロになれば、

それが治れば、それだけでいい。

そう思っていた自分をすっかり忘れていた

そう、自分はそのままで、もう、大丈夫。

晩御飯を作っていたときに、晩御飯を作っていたときに、わーーっと、気づきが降ってきた。というよりは、自分の中にあったのを、見つけたという感覚の方かも、しれない。

その気づきを書いてみた。

Keep it real. 軽く生きよう〜

写真は、静岡・浜松市にある龍雲寺さんに納められている書家 金澤翔子さんよる世界一大きい般若心経の前での1枚

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