20代終わりぐらいの一人暮らし時代、ある夜、お腹が、痛い夜があって、のたうち回るぐらい痛かったけど、我慢して過ごしていたら、

2日ぐらいして痛みが治って、なんともなく過ごしていたけど、

それから1年ぐらい経って、その夜のお腹の激痛もすっかり忘れた頃に、

会社で働いていたら、午後になって、なんだかおかしい。痛みというよりは、なんだか違和感、強烈な違和感

直感にしたがって、会社を早退して病院に行ったら、

診察を受けたら、緊急入院、即手術

盲腸(急性虫垂炎)だった。もし、ここで夜まで我慢していたら、破裂したかも、命に関わったかもしれないと、後になって聞いたのだけど、

もう一つ、お医者さんから

「盲腸ね、炎症の跡があったよ、お腹痛かったことなかった?」と尋ねられて、

その時に、思い出した

あの夜の激痛だ、、

そんなぐらい、我慢強い

自分では、そんなに我慢強いと思ってなかったけど、どうやら、ナチュラルに我慢強いらしい

この後も、我慢しすぎて、双極性障害を発症するわけで、、

我慢強い自分を感じていたら、

浮かび上がってきたのが、

母親から毎日のように言われていた

「お兄ちゃんだからしっかりしなさい」という言葉。

母は、僕に期待していたのかもだし、

自立して生きる力を育みたかったのかなと思うけど、

言われていた子供の自分は、

自分のままだとダメなんだ、、 と、勝手に解釈して受け止めて

望まれている何かにならないとダメと思った。

(これ、ビリーフ 思考の思い込み だけどね)

その結果、我慢することが当たり前になって、

病気なのに、痛みのからだの声も

我慢して耳を塞いでいたんだなぁと、気づいたら、

じわっと涙が出てきた。

Keep it real. 軽く生きよう〜

人気記事

桜を見ると、双極性障害で苦しかった時に「桜を見るまで死んでたまるか」と思っていた自分を思い出した双極性障害で苦しかった2011年、「桜を見るまでは死んでたまるか」と願った自分。10年以上経ったいま、桜を見るたびに込み上げる涙と感謝を綴ります。カウンセラーの日記2024/3/18 僕は、考えることは訓練してきたけど、感情を感じることはやってこなかった考えることばかり訓練してきた僕が、双極性障害を経てなお「感じる」がわからなかった日々と、ロンドンでの体験をきっかけに感じ始めた過程を綴ります。感じる2024/3/23 カウンセリング・セラピーを学ぶ道を歩く理由は、「自由に生きる・自分を大切にする」道だから双極性障害を完治させても苦しさが消えなかった僕が、カウンセリングを通してバウンダリーと投影に気づき、自分のために生きる自由を取り戻した経緯です。自分を知る2024/3/23