20代終わりぐらいの一人暮らし時代、ある夜、お腹が、痛い夜があって、のたうち回るぐらい痛かったけど、我慢して過ごしていたら、
2日ぐらいして痛みが治って、なんともなく過ごしていたけど、
それから1年ぐらい経って、その夜のお腹の激痛もすっかり忘れた頃に、
会社で働いていたら、午後になって、なんだかおかしい。痛みというよりは、なんだか違和感、強烈な違和感
直感にしたがって、会社を早退して病院に行ったら、
診察を受けたら、緊急入院、即手術
盲腸(急性虫垂炎)だった。もし、ここで夜まで我慢していたら、破裂したかも、命に関わったかもしれないと、後になって聞いたのだけど、
もう一つ、お医者さんから
「盲腸ね、炎症の跡があったよ、お腹痛かったことなかった?」と尋ねられて、
その時に、思い出した
あの夜の激痛だ、、
そんなぐらい、我慢強い
自分では、そんなに我慢強いと思ってなかったけど、どうやら、ナチュラルに我慢強いらしい
この後も、我慢しすぎて、双極性障害を発症するわけで、、
我慢強い自分を感じていたら、
浮かび上がってきたのが、
母親から毎日のように言われていた
「お兄ちゃんだからしっかりしなさい」という言葉。
母は、僕に期待していたのかもだし、
自立して生きる力を育みたかったのかなと思うけど、
言われていた子供の自分は、
自分のままだとダメなんだ、、 と、勝手に解釈して受け止めて望まれている何かにならないとダメと思った。
(これ、ビリーフ 思考の思い込み だけどね)
その結果、我慢することが当たり前になって、
病気なのに、痛みのからだの声も
我慢して耳を塞いでいたんだなぁと、気づいたら、
じわっと涙が出てきた。
Keep it real. 軽く生きよう〜
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