「ありのままの自分を受け入れる」ことの大切さ -変容の逆説的理論- ゲシュタルト療法からの気づき

「受け入れる」

受け入れ難いことを体験すると、それを何とかして、解消したい。

そう思って当然。

自分も、双極性障害の病気です。と言われたときがそうだった。

調べれば調べるほど、「双極性障害は、完治はなく、「寛解しても再発リスクが大きく再発しないようにコントロールが必要」と、わかり、絶望した。

だから、

なんとか、治したい、と、できることは全部やった。

西洋医学、東洋医学、漢方、鍼灸、ソフトカイロプラクティス、認知行動療法、アドラー心理学、

そして、神様(奈良の大神神社さんには、病気に効くという湧き水があるので、毎週もらいに行った)

そして、大好きなお酒もコーヒーも絶った。(お酒は最近は飲んでいるけど、コーヒーは今も止めている。大好きだけども脳にダイレクトに影響するから)

病気の症状をある程度コントロールできてきたけど、心の苦しさはあるままだった。

なんとかしたい、

なんとか変えたい、

なんとか自分を制御したい、

そう思うほど、苦しくて、症状が一進一退で、

変わらない自分に、イラつきと、憤りと、悔しさの渦の中にいた。

そして、だいぶ時間が絶ったあとに、

フッと、感じたのが、

「この病気も、自分の一つ」

「こいつ(双極性障害のこと)と一緒に、一生過ごしていく」

と思った。

なんで、そう思ったのか、

きっかけは、なんだったのか、

それは、忘れたけど、

フッと、空から降ってきた、そんな感じ。

そしたら

スーーと、

双極性障害の症状が消えた。

ゲシュタルト療法の哲学の中にある

「変容の逆説的理論」「私たちが、変わろうとするとき、今の自分を否定して新しい自分になることは出来ず、ありのままの自分になるときに変容が起きる」(アーノルド・バイザー 1970)

という哲学である。

双極性障害が完治する道の中で、この変容の逆説的理論を言葉でなく、からだで体験した。

そして、カウンセリング・セラピーのファシリテーターの経験を5年積み重ねてきた今、ファシリテーターとして、この「変容の逆説的理論」が、腹落ちした。

今までは、恥ずかしながら、程度としては薄まってきていたが、セッションの場にて「どこか変化を作ろう」とやっていた自分に気づいた。10年のコンサル経験で、自動的にそんな感じになっていたのだろう。

自分自身が、「変わらないと思っている限り、双極性障害の病気が治る方向に変容せず、病気を全て受け入れて、病気も自分の一部分と、ありのままの自分を受け入れた時に、病気が完治した体験を持っていたにも関わらず、いや、逆に、その体験は自分だけの特別なものと思い込んでいたのかもしれない。僕には特別な存在になりたい思い込みがある。

その景色が、この数日前にガラッと変わった。

この自分が特別と思っていようが、そうでなくても、この「ありのままの自分である自分」を感じることの支援をセッションの場で、ファシリテーターも共に過ごし「受け入れる」ことを大切にする。

すると、肩の力が抜けて、自然体でカウンセリング・セラピーのセッションの時間を過ごしているなぁと。

まさに、ゲシュタルト療法での「図と地」の反転が、自分に起きた。

セッションをファシリテートする時に、心がけていることは他にもあるが、今回の体験は、言葉でなく感覚でズドーンと、からだが元々知っていた感覚がつながった感じで、言葉にするのが難しく、この文章でも伝わるのか、わからないが、自分自身がこの瞬間に、気づきがあったことを、ここに刻む。

Keep it real. 軽く生きよう~

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