心の学びのプロセスが動き始めた2017年まで、僕の中には、「感じる」がなかった。
「考える」ことは、学校から会社員と、ずっとやってきたし、訓練もしてきた。考えると答えが見つかるはずと、考え続けた。結果、双極性障害を発症したのだけど。
双極性障害を完治するプロセスで、出会い学んだアドラー心理学も考えて理解すること、学問として知識を自分に取り込もうとした。そこでの自分の感情も考えて理解してきた。心理学と「学」なので、そのことに微塵も疑問を持たなかった。
しかし、考えて理解して、、を続けても、何かグルグル回っているような感覚があった。
あったけど、理解できない。理解できない感覚は、感じないようにしてきた。
僕は「感じない」ようにして、今まで築き上げた自分自身を守っていたのだ。
心の学びを2017年にスタートしても、「感じるがわからない」状態だった。ただ、そのときに、「僕は感じるのが、わからない」と言えた。
これが大きな一歩だった。
2019年にLPL養成講座の13期を初受講した頃も、まだ、「感情を理解」しようと、僕はしていた。
理解は、思考の世界で、その思考の中で、感情を見つけようと、もがいていた。
今となっては、自分の中に感情はないのでなく、見ないようにしていたんだよね。と笑っちゃうのだけど。
自分の感情を感じていない。
これを突きつけられた体験がある。
その瞬間は、2019年の夏だった。この出来事で、感じてないを僕は感じた。
どんなエピソードだったのか、仕事も順調になりロンドンに海外研修旅行に行った。ロンドンの地下鉄に乗り、ウェストミンスター橋からビックアイやビック・ベンを見たときに、あれ?なんで感動してないの?自分となった。ビック・ベンが大規模補修でシートで覆われているから、じゃなくて、何かがおかしい。
おかしい。
感じてない、自分だった。
そう、この体験から「感じる」を僕は探し始めた。
Keep it real. 軽く生きよう~