力のレッスン「外の世界でなく、自己の内側に向かうのが「力」だ」

『ライフ・レッスン』 第5章 力のレッスン を読んで感じたこと。

力が
怖かった。

力を使うと破壊する感覚が、僕にはあった。

初めて受講したLPL養成講座の最終講(第7講)の最終日の会場で体験したワークから、

自分の腹に暖かくしっかりとした力強さを感じた。

一方で、講座を終えて、東京へ帰る特急列車の中、沈む夕日を見ながら、腹にあるエネルギーの暖かさを感じるほど、暴走すると破壊する力では?と、怖さを伴う感覚も出てきた。

エニアグラムのタイプ6の僕。

エニアグラム タイプ6の健全度(ステート)が下がると、僕は「世界と融和できないなら、破壊してやる」パターンがあった。

「力」は、その破壊する力が、力であると思い込んでいた。

破壊するまで行かなくても「他をコントロールするのが力である」のが、僕の中での定義だった。

今、書きながら気づいたのが、

ずーっと父親が、意識的にしていたのか、無意識なのか、父親という権威で、コントロールをしてきた家庭だった。

この言葉を綴ったら、ばーーーっと出てきたシーンがある。

小学校 5年ぐらいの確か水曜日の夜だった。

台所で、すごい音がして、お好み焼きとお皿が飛んできて、僕の横にあった冷蔵庫にぶつかる酷い音。

父親が怒って、お好み焼きが入った皿を次々に投げていた。

怖かったし、情けなかったし、怒りもあったが、

それを止める力がない自分も感じた。

だから、コントロールしようとする力は嫌いだった。

それに反発して破壊する力 を発揮したことも何度もある。

僕にとって「力」は不要なのが一番良い、つまり、無力な自分が良い。

そうすると、力を否定しているわけで、それは、自分自身を否定しているのと同じだと、心理の学びの道を歩く中で、気づいた。

心理セッションを受けて、

セッションのテーマは、「自分が提供するサービスの値上げするのが怖い」だったが、値上げをすると自分とつながっている人が減る感覚を持っていて、減るのが怖かった。

値上げすること自体でなく、つながっている人が減るのが怖かった。

どうして、人との繋がりが減ると思い込んでいのか?

探求していくと、期待に応えることが大切と思い込んでいて、期待に答えない自分はダメで無力だ、としていた。

ここで、無力が出てきた。

場合によっては、期待に応えないと伝えることも大切なのにそれを放棄している感覚に気づいた。

そして、自分はどうしたいのか?を放棄し、無力な自分を、自分自身で選択しているのでは?と。

自分を大切にする「力」が、真の「力」であることに、この心理セッションから気づいた。

相手の期待に応えようが応えまいが、 ダメでもないし、無力でもない。

それよりも、自分を愛しているのか?自分の感覚を感じることに力を使いたいと思った。

人間は内部に大きな力を持っているが、その使い方には無知同然である。真の力 は、真の自己を知り、世界における自己の立場を知ることから生まれる。

そう、自分を愛する力が、である。

外の世界でなく、自己の内側に向かうのが「力」だ。

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