喪失のレッスン 本当につらかった体験から「自分自身と愛は喪失しない」を学んだ

『ライフ・レッスン』 第4章 喪失のレッスン を読んで感じたこと。

本書によると、

人生が喪失であり、喪失が人生であることを理解せずに、喪失に抵抗し、それと格闘しようとする。(中略)人は喪失なくして成長はできず、喪失なくして人生を変えることできない。(中略)喪失体験は、人生に役立つ体験のひとつである。

この言葉が、心に響く。ただ、喪失は、つらく悲しい。これを感じることが大切というメッセージを受け取った。

今から13年前の、35歳の僕は、喪失のレッスンの定期試験中だった。

35歳のタイミングで、このレッスンを体験したのは、ラッキーだった。

振り返ると、その時は、本当につらかった。

家庭も、仕事も、愛する子どもと接することも、お金も、そして、自分の健康も、喪失し、その渦のど真ん中にいた。

喪失に対する 5段階の反応についても本書では触れている。

  • 否定
  • 怒り
  • 取引
  • 抑うつ
  • 受容

自分のレッスンのときはどうだったのか、振り返ってみると、、、

否定:双極性障害の診察を伝えられたとき、はじめは「まだ大丈夫だ、医者はそういうけど、すぐに治るし、ちょっとした不調だ」と、自分の感情も感じないようにしていた。

怒り:そして、なんで、こんな仕打ちを自分は受けないといけないんだ、最悪だ、悔しい、と、怒りで、喪失を感じないようにしていた。

取引:きっと、こんなツライ体験したのだから、良いことあるはずだ、この体験から学ぶことがあるはずだ。

抑うつ:あまりにひどい、人生、お先真っ暗だ。

受容:つらいことが起きても対処していけば大丈夫だし、対処しなくても大丈夫、そう、こんな自分でも大丈夫

こんな感じだった。

振り返ると、「怒り」の部分が大きかったと感じる。こんな喪失体験は嫌だし、そんな喪失体験をしている自分を否定したいけど、自分で自分を否定することはできない。なので、世界を否定し、殻の中に隠れて生きていた。

その体験があったから、世界と自分の繋がりなおしのレッスンも体験できた。人生の中で、喪失のレッスンを良いタイミングで経験できたと痛感している。

振り返ると、「全てを喪失した」と言っておきながら、「こんな現状は嫌だ、そして、そこから自分自身を変えていきたい」という自分への愛は失っていなかった。ただ、当時は、それが愛 だということを知らなかった。

当時の自分に伝えたい言葉が、この章には詰まっている。

(破産した男性への気持ちを聞いた部分での)「わたしは貧しいわけじゃない。破産しただけだ。貧しいというのはこころの状態のことだが、私は貧しくなることはないんだ」(中略)豊かさや貧しさとは、こころの状態のことである。(中略)どんな品物よりも貴重なのは自分自身だということを忘れなければ

あの頃は、お金の喪失する恐怖にも覆われていた。実家に戻り、療養をスタートしたぐらいのときに、まだ、躁状態で元気だったこともあり、母からもらったお小遣いの2,000円をズボンのポケットに入れ、気分転換にホームセンターに向かった。

途中の道で何かトラブルに出会った、自転車か車かに軽く接触したような記憶(かなり記憶があやふやなのだ)がある。

でも、それよりも僕にとっては恐怖なことが起きた。

ズボンのポケットに入れていた 2,000円が無い。どこかで落として無くした。

この時の喪失感が凄かった。

全身が喪失感に覆われた感覚を覚えている。そして、父親に携帯電話から連絡して、頼った。自分を支えて欲しいと伝えた。

色々とあって、憎んでいた父親なのに、あの時、僕は父の愛を求めた。

自己のほんものの部分、愛した人たちのほんものの部分が失われることはないの だ。ほんとうに重要なものは永遠に失われることはない。うけとり、あたえてきた 愛が失われることはないのだ。

自分自身と愛は喪失しない。

人生は喪失しない。

Keep it real. 軽く生きよう~


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